論理的文章、これだけ押さえりゃ誰でもできる~超基礎編~

『論理的文章、これだけ押さえりゃ誰でもできる』
  ~超基礎編~
      中小企業診断士 大木裕子



はじめに

 
 「理系じゃないから論理的説明なんてできない」「私は感情的だから論理的思考なんて無理」なんて思っている人、“論理的”なんてカンタンです。

 ちまたに溢れる書籍を見ると、“論理的”がさも難しく習得するのに大変な訓練がいるのだといっているように見えます。物事、難しくしようと思えば難しくなるし、簡単にしようと思えば簡単になるんです。たとえば政治家の答弁。「その具体的な内容について現在検討を進めているところであることから、現時点において、その効果についてお答えすることは困難である。」とかいう一見難しく論理的っぽい表現を聞いたことがありますよね。これ、単にこう言っているだけなんです。「検討中につきお答えできない」。たった13文字ですよ。しかもこの方がよっぽど論理的。

 “論理的”、ことに論理的文章作成に苦手意識を持っている人、これを読んで、ぜひともサクッとその苦手意識を取っちゃってください。ほんと、カンタンに取れますから。


I. たった3つの約束事


 論理的文章が苦手な人は、まず、次の3つだけでいいので心がけてみてください。

  i. 話の流れを起承転結にする(起承転結)

  ii. 一つの文を短くする(一文短文)

  iii. 主語と述語をはっきりさせる(主語述語)

 ここでは3つの約束をそれぞれ、前述のカッコ内に記した四字熟語で表現することにします。
 さて、起承転結と主語述語、どこかで聞いたことありますね。そうです。小学校の国語の授業で習いました。一文短文はどうでしょう。次の、あーたんという幼児の話し言葉を聞いてみましょう。「あのね、ネコがいないの」「茶色いネコが」「あーたん、一生懸命探してるの」「でも、いないの」「ママ、一緒に探して」。十分通じますね。しかも、ネコの特徴が「茶色」だとはっきり記憶できます。これが大人だと「私はいなくなった茶色いネコを一生懸命探しているのですがどうしても見つからないので、すみませんが一緒に探してくれませんか?」となります。一気にこれを言われたら、「で、どんなネコです?」とネコが“茶色い”という特徴など聞き漏らして再度聞いてしまうでしょう。

 このように、どれも小さい頃に習得したはずのたった3つのことを実践するだけで、論理的文章は書けてしまうのです。


II. ダメな例も3つの約束で大改善


 ここでは、3つの約束を守れていない例をそれぞれ見て、改善するとどれだけスッキリするのかを見ていきます。


i. 起承転結

 起承転結のダメな例を見てみましょう。

 川からどんぶらこと大きな桃が流れてきました。おばあさんは桃を拾っておじいさんの待つ家に持って帰りました。おばあさんが桃を切ってみると、中から男の子が出てきました。その川にはおばあさんは洗濯に行っていたんです。昔々あるところに住んでいたおばあさんのお話です。

 意味は通じます。でもなんだかしっくりきませんね。それはなぜでしょう? 答えは、起承転結がばらばらだから。起承転結がばらばらだとなぜいけないのかというと、まず、時系列がばらばらになります。文章が古い方から新しい方に並んでいないということです。また、物語の主人公がいったい誰なのかが分かりづらいです。みなさんもよく知るこの話ですから、注目させたいのは桃から出てきた男の子なのはおわかりでしょう。日本語は、一番重きを置きたい語句を、一番後ろに持っていく性質があります。ですから、おばあさんのことを最後に書いているこの文章の場合、おばあさんに注目しているような印象を与える文章になってしまっているのです。


ii. 一文短文

 次に、一文短文がダメな例を見てみましょう。

 昔々あるところにいたおばあさんが川に洗濯に行くと川から桃が流れてきて、おばあさんはそれを拾っておじいさんの待つ家に持って帰って、桃を切ってみると中から男の子が出てきました。

 途中で読む気がなくなります。こういう長い文章は、えてして主語の前まで(修飾語)が長くなり、主語がどこにあるのかが見えづらくなります。ようやく主語が分かったかと思うと、今度は結論がなんなのか、今ひとつ分かりません。なぜなら、一文に動詞が3つ(拾う、持って帰る、切る)もあるからです。結論がよく分からない文章は、人に伝わらない文章なのです。


iii. 主語述語

 最後に、主語述語がダメな例を見てみましょう。

 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おばあさんは川に洗濯。すると、川からどんぶらこと大きな桃が流れてきました。おばあさんは桃を拾っておじいさんの待つ家に帰りました。桃を切ってみると、中から男の子が出てきました。

 ちょっと気持ち悪いですね。おばあさんは、川に洗濯物を取りにいったんでしょうか? 洗濯しに行ったんでしょうか? よくわかりません。最後までハッキリ言わないと、つまり述語を書かないとやはり人に通じない文章になってしまいます。
 もう一つ。桃を切ったのは誰でしょう? おばあさん? おじいさん? 二人で? はたまた別の第三者? この文章からでは判断できません。この程度の文章でしたら、主語がないことはあまり気にならないことは確かです。でももし結論が「切ってみると、中にいた男の子まで切ってしまい、死んでしまいました」という文章だったらどうでしょう? 「誰が殺した!」ってなりますよね。強烈なインパクトな述語に対する主語がないんです。このような文章は、読み手に大きな混乱を来すことがよくあります。


 ではここで、i~iiiの問題をクリアした文章を見てみましょう。


 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おばあさんは川に洗濯に行きました。すると、川からどんぶらこと大きな桃が流れてきました。おばあさんは桃を拾っておじいさんの待つ家に帰りました。おじいさんが桃を切ってみると、中から男の子が出てきました。

 読んでいてリズミカル。時間の流れがスムーズ。そして、誰が何をしたというのがハッキリわかるので、頭に情景さえ思い浮かびます。

 この文章を作るのは難しいでしょうか? カンタンですよね。たった3つの約束を守ればいいだけなんですから。論理的に書かなければいけない文章も、このマネをすればいいだけです。もっとも、ほとんどの論理的文章は物語ではないので、単に時系列にすればいい、というわけにはいきません。ですが、堅く考えずに、幼い頃に習ったこの3つの約束を思い出し、書いてみてください。以前よりきっと、“論理的”な度合いがアップしていると思いますよ。



III. 気軽な文章ほど訓練の場


 「そうは言っても、いきなり自信なんか持てないよ」と思う人も多いでしょう。論理的文章は、別に堅苦しい場だけで使わなくてもいいんです。今、誰もが当たり前にやる友達とのメール。まずは、これでチャレンジしてみてください。これまでのメールでは、思い浮かんだことを頭からズラーっと書くだけだったのではないでしょうか? 人は、他人の頭の中がわかるほど優れてはいません。相手の貴重な時間を使って読んでもらうメールですから、相手を惑わさず、読み返させることのないように、すんなりと読める文章を送りたいものです。とくに仲の良い友達へのメールなら、失敗しようが何しようが、おおらかな気持ちで許してくれます。それどころか、相手は失敗にも気づかないかも知れません。

 訓練を何度か終えたら、友達に聞いてみてもいいでしょう。「私の文章、なんか変わった?」と。勘のいい友達でしたら「なんかスッキリしたね」とか、「考えないでも頭に入ってくるようになった」とか「わかりやすさがアップした」とか言ってくれるでしょう。そうしたらしめたものです。あなたはもう自信を持って論理的文章を書く段階に入っていますよ。

  • 最終更新:2011-08-01 06:51:48

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